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札幌高等裁判所 平成7年(ネ)276号 判決 1996年3月28日

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は、控訴人の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1 原判決を取り消す。

2 被控訴人は、控訴人に対し、別紙物件目録一ないし三記載の不動産につき、札幌法務局伊達出張所平成六年四月二二日受付第二〇一八号抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

二  控訴の趣旨に対する答弁

主文第一項同旨

第二  事案の概要

本件は、控訴人が被控訴人に対し、所有権に基づき、控訴人所有の別紙物件目録一ないし三記載の不動産(以下「本件不動産」という。)について被控訴人名義の抵当権設定登記の抹消登記手続を求めたところ、原審は、右請求を棄却したので、控訴人が控訴した事案である。

一  争いのない事実等

1 控訴人は、本件不動産を所有している。(争いがない。)

2 本件不動産には、被控訴人のために、札幌法務局伊達出張所平成六年四月二二日受付第二〇一八号をもって、同年三月二五日抵当権設定契約を原因とする抵当権設定登記(以下「本件登記」という。)がなされている。(争いがない。)

3 被控訴人は、甲野太郎(以下「太郎」という。)に対し、別紙元金・利息・損害金合計表記載のとおり、平成二年二月一五日から平成六年三月二八日までの間、二三回にわたり、元金合計七四九万六九二八円を貸し渡し、これに対する利息額(この点につき、被控訴人は、平成六年ころまでに太郎との間で利息及び損害金を月二分とすることを合意しているが、利息については利息制限法所定の範囲内の各利率により計算した。)は一三万四〇四一円、損害金額は四一四万〇三〇四円であり、結局、被控訴人は、右当時、太郎に対し、一一七七万一二三三円の貸金債権を有していた。

4 太郎は、平成六年三月二八日ころ、被控訴人との間で、控訴人所有の本件不動産につき右3の各債務を被担保債権とする抵当権設定契約(以下「本件抵当権設定契約」という。)を締結した。

二  争点

1 控訴人は、太郎に対し、本件抵当権設定契約締結の代理権を授与したか。

2 仮に、右1の事実が認められないとしても、控訴人は、平成六年三月二五日ころ、太郎に対し、本件不動産の登記済証、余白に鉛筆で「低当木又設定」と記載された控訴人の署名捺印のある登記用の白紙委任状、「本件不動産を担保にし借入れすることを承諾する。」旨記載された控訴人の署名捺印のある承諾書、控訴人の印鑑登録証明書を交付したことにより、太郎に抵当権設定契約締結等の代理権を授与したことを第三者に表示したか。

3 仮に、右2の事実が認められるとしても、被控訴人は、太郎が本件抵当権設定契約締結の代理権を有していないことを知っていたか。

仮に代理権を有していないことを知らなかったとしても、被控訴人は、控訴人に対し代理権の有無に関する調査確認を怠ったもので、太郎が控訴人の代理人としてした本件抵当権設定契約締結行為の代理権を有すると誤信したことについて過失があったか。

第三  証拠関係《略》

第四  争点に対する判断

一  前記第二の一の争いのない事実等と《証拠略》によれば、次の事実が認められる。

1 太郎は、昭和五四年一一月、控訴人と婚姻届を了し、昭和六〇年一二月ころから別紙物件目録三記載の建物(以下「本件建物」という。)において両名の長男(昭和四九年九月生)と共に居住していた。

しかし、太郎は、平成元年九月ころ、いわゆる原野商法による刑事事件で有罪判決を受けるなどしたため、同月二八日、控訴人と協議離婚届出をし、本件不動産について控訴人に対し同月三〇日付け財産分与を原因とする所有権移転登記をした。また、太郎は、同月二九日付けで本件建物の所在地から被控訴人の経営する興和商事株式会社(以下「興和商事」という。)の所在地である北海道虻田郡《番地略》に転入した旨、さらに、平成三年一一月一五日同所から太郎が代表取締役をする株式会社甲野測量(以下「甲野測量」という。)の所在地である同町《番地略》に転入した旨をそれぞれ届け出たが、右各転入の事実はなく、この間、本件建物において控訴人らと引き続き同居し、夫婦のような生活を送っていた。控訴人は、平成五年六月下旬ころから、被控訴人の紹介などにより洞爺湖温泉のホテルに住み込みで働き始めたが、週一回の休日の都度、太郎の車で同人の居住する本件建物に戻るなどし、平成六年三月当時も同様の状況であった。なお、被控訴人は、平成二年二月ころ、控訴人と太郎との協議離婚の届出及び本件不動産の財産分与の事実を知った。

2 太郎は、前記の有罪判決を受けたことなどを契機に、業務としていた測量関係の仕事が激減したため、かねてからの仕事上の知り合いである不動産の売買及び仲介業を営む被控訴人から、別紙元金・利息・損害金合計表記載のとおり、平成二年二月一五日から平成六年二月四日までの間、二二回にわたり、元金合計六四九万六九二八円を借り受けたが、同年三月ころまで右各債務の弁済を全くしていなかった。被控訴人が太郎に対し、右のように弁済を受けることなく複数回にわたり金員を貸し渡したのは、太郎から窮状を訴えられたほか、太郎が平成三年ころ大手建設会社からゴルフ場開設に伴う測量関係の仕事を受注し二〇〇〇万円前後の収入が見込まれたためであった(ただし、平成五年ころまでに右計画は中止となり、太郎は右収入を得ることができなかた。)。なお、控訴人は、平成四年二月五日ころ、太郎の依頼を受けて、甲野測量の資金繰りなどのため、甲野測量の有限会社三光商事に対する同日付け金銭消費貸借に基づく債務(債務額三〇〇万円、利息年一割五分)の担保として別紙物件目録二記載の土地に抵当権を設定し、同日その旨の登記をした。

3 太郎は、平成六年三月ころ、札幌市内の病院に入院するため、被控訴人から入院費用を借り入れることを考えたが、前記2のとおり、被控訴人に対する債務を弁済していなかったことから、右借入れに当たり本件不動産を担保として提供しようと考え、同月二七日ころ、控訴人に対し、具体的な債務金額などを説明しなかったものの、太郎の被控訴人に対する債務の担保提供のために必要であると説明して、控訴人から白紙委任状及び承諾書に署名と実印の捺印を求めた上、これらの書面と控訴人の印鑑登録証明書及び本件不動産の登記済証の交付を受けた。

4 太郎は、同月二七日ころ、被控訴人に対し、本件不動産の担保提供と入院費用の借入れを申し込み、翌二八日ころ、被控訴人に対し、本件不動産の登記済権利証、控訴人の印鑑登録証明書のほか、控訴人の署名捺印のある前記白紙委任状及び承諾書を交付した上、本件不動産について前記2及び右入院費用の一〇〇万円の各債務(利息・遅延損害金を含む。)を被担保債権とする本件抵当権を設定することを承諾した上、被控訴人から一〇〇万円を借り受けた。なお、被控訴人が太郎から交付を受けた白紙委任状の右上欄には鉛筆書きで「低当木又設定」との記載があり、また、承諾書には、本件不動産を特定した上「今般私所有の不動産を担保にし借入れする事を承諾致します。」旨の記載があった。

5 被控訴人は、同年四月二二日ころまでに、司法書士に本件抵当権設定登記の申請手続を依頼したが、その際、前記承諾書及び印鑑登録証明書の日付に合わせて、本件抵当権設定及び債務承認契約の各日付を同年三月二五日とし、また、太郎に対する債権の合計額が利息、遅延損害金を含めると一二五〇万円前後に達すると考えていたことから、本件抵当権の債権額を一二五〇万円として右手続を依頼し、同年四月二二日、その旨の本件登記がなされた。

6 控訴人は、同年一一月ころまでに、興和商事の仲介により伊達市内の建設業者に本件不動産を三〇〇〇万円で売却することでほぼ了承したが、売買契約締結の前日である同月一二日ころ、本件不動産を売却しても、債務弁済のため、自己の手取金がないことを知ったため、右売買契約の締結を中止した。

以上の事実が認められる。証拠(前掲証人甲野、控訴人及び被控訴人各本人)中、右認定に反する部分は、前掲各証拠と対比すると採用できない。なお、控訴人が右白紙委任状及び承諾書に署名捺印した当時、白紙委任状の「低当木又設定」との記載及び承諾書の「今般私所有の不動産を担保にし借入れすることを承諾します。」旨の記載を控訴人がしたとは認められず、太郎が記入したとみる外はない。

控訴人は、控訴人が太郎に対し白紙委任状、印鑑登録証明書及び登記済権利証等を交付した趣旨は、当時売買交渉をしていた本件不動産の買主らを信用させるためであるとの太郎の説明を受けたからであって、本件不動産について抵当権設定等の代理権を授与したものではない旨主張し、前掲控訴人本人の供述中には、これに沿う部分がある。しかし、控訴人の供述する当時交渉中であったとする本件不動産売買の買主、仲介人などの存在を具体的に窺わせる証拠はないこと、前掲証人甲野の証言中には、太郎が控訴人に対し、前記白紙委任状などに署名捺印を求めた際、売買交渉のため必要であると説明したことはなかったとする部分があること、控訴人は、太郎に対し、右のとおり、本件不動産の登記手続に必要な書類一切を交付しているところ、控訴人主張の趣旨であるならばその一部でも足りたはずであることに照らすと、控訴人の前記供述は直ちに採用できず、かえって、前掲各証拠によれば、被控訴人は、太郎に対し、債務額の具体的な認識がなかったとしても、少なくとも本件不動産を担保提供する趣旨で右各書類を交付したものと認めることができる。

二  右一の事実に基づき、本件の争点について判断する。

1 控訴人は、太郎から被控訴人に対する債務の担保のために必要であるとの説明を受けた上で、太郎に対し登記済証、印鑑証明書及び白紙委任状等を交付したものであるけれども、債務金額などについて具体的な説明を受けたものではなく、また、前記白紙委任状、承諾書の記載も、控訴人が署名捺印した当時記載されていたとは認められないことに照らすと、太郎の被控訴人に対する一二五〇万円に及ぶ債務を被担保債権とする本件抵当権設定の代理権を授与していたとまではいうことができない。

2 しかし、控訴人は、前示のとおり、太郎から被控訴人に対する債務の担保に供するために必要との説明を受けた上で、太郎に対し、自ら署名捺印した受任者及び委任事項が空白の白紙委任状を本件不動産の登記済権利証、印鑑登録証明書等と共に任意に交付したものであり、これを受領した太郎において、前示のとおり白紙委任状の欄外に「低当木又設定」、承諾書に本件不動産を特定の上「今般私所有の不動産を担保にし借入れすることを承諾します。」と記入して被控訴人に交付したのであるから、控訴人は太郎に対し本件不動産の抵当権設定等につき代理権を授与したことを第三者に表示したものということができる。

3 そして、本件において、被控訴人が太郎に本件抵当権設定契約締結の代理権を有していないことを知っていたことを認めるに足りる証拠はないところ、被控訴人は、不動産の売買、仲介業を営むものであり、太郎に対し複数回にわたり金員を貸し渡したのも、かねてからの知り合いである太郎から窮状を訴えられ懇請されたことなどによるものであること(なお、被控訴人が金融を業としていたことを認めるに足りる証拠はない。)、被控訴人は、本件抵当権設定契約締結の際、太郎から、本件不動産の登記済証、控訴人の印鑑登録証明書、控訴人の署名捺印のある白紙委任状のほか、本件不動産を特定した上「今般私所有の不動産を担保にし借入れする事を承諾致します。」旨の記載のある控訴人の署名捺印のある承諾書の交付を受けていること、被控訴人は、平成二年二月ころまでに、太郎が控訴人と協議離婚し、本件不動産を控訴人名義にしたことを知ったものの、太郎と控訴人は同居を続けるなど生活や居住状況は協議離婚の前後を通じてほとんど変化がなく、また、本件抵当権設定当時、控訴人と太郎との間に利害の対立を生じていることを窺わせるような事情もなかったことに照らすと、被控訴人が控訴人に対し太郎の代理権の有無について直接確認するなどの措置をとらなかったとしても、被控訴人が太郎に控訴人を代理して本件抵当権設定契約を締結する代理権を有すると信じたことについて過失があったということはできない。

控訴人は、本件抵当権設定契約が控訴人に何らの利益を伴わない一方的な負担行為であるから、被控訴人は、太郎の代理権について疑念を抱き、控訴人に対し代理権授与の有無を調査確認すべきであり、しかも、控訴人の連絡先を知り容易に調査確認ができたのであるから、調査確認を怠った被控訴人には過失がある旨主張し、本件抵当権の被担保債権が従前の太郎の被控訴人に対する債務の担保のためであり、必ずしも控訴人に利益を伴うものでなかったことは前記のとおりであるが、既に認定、説示した被控訴人の職業、控訴人と太郎の協議離婚届出後の生活状況、控訴人が太郎に前記各書類を交付した経緯、被控訴人が太郎から右各書類を受領した経緯及びその記載内容に照らすと、控訴人主張のように本件抵当権設定契約当時において、代理権授与の事実を疑わせる特段の事情が存在したとはいえないから、控訴人の主張は採用できない。

なお、控訴人は、本件抵当権の被担保債権とされている被控訴人と太郎との間の平成六年三月二五日付け債務承認契約は不存在である旨主張する。しかし、前記の被控訴人と太郎との間の本件抵当権設定契約の締結及び被控訴人が司法書士に本件登記を申請した各経緯に照らすと、太郎は被控訴人からの従来の借入れにより負担していた債務を承認のうえ、抵当権設定契約を締結したものということができるから、控訴人の右主張は採用できない。

三  以上によれば、本件抵当権設定契約の効果は控訴人に生じ、その登記は有効であるから、その抹消を求める控訴人の本訴請求は理由がない。

よって、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は正当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宗方 武 裁判官 小野博道 裁判官 土屋靖之)

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